4. 寸法の割り出しと建築図面の作成

明治期の参謀本部陸軍部測量局が作成した 五千分一東京図測量原図「東京府武蔵国京橋区木挽町近傍」を基に、鹿鳴館の横幅と奥行きを計測した。 さらに、現在最も公式性が高い資料として知られる 外務省外交史料館所蔵の、竣工後に作成されたとされる1階・2階の平面略図 を重ね合わせて検証を行った。
この二つの資料を比較し、測量図から算出した建物の幅・奥行きと、平面略図から得られる寸法を照合した結果、両者は計算上ほぼ一致する ことが確認できた。 また、トレースした1階・2階平面図から建築面積などの数値を求めたところ、これらも整合性を示しており、鹿鳴館の平面構成に関する信頼性がさらに高まった。

1.明治期の東京府武蔵国京橋区木挽町近傍/一部

五千分の一地図/出典先:国土地理院所蔵 五千分一東京図測量原図より 「東京府武蔵国京橋区木挽町近傍」
国土地理院:該当地図ページ参照アドレス https://service.gsi.go.jp/kochizu/app/item/?id=1451&category=4  

五千分の一地図

2.明治期の東京府武蔵国京橋区木挽町近傍/部分拡大

五千分の一地図の鹿鳴館と周辺の切り抜き拡大。この古地図からの鹿鳴館のサイズ算出。
建物幅の算出式 185px÷600dpi×25.4=7.83mm / 7.83mm×5m=39.15m(1mm=5m)/建物幅 約40m

鹿鳴館図面データ

3.鹿鳴館平図面:1階、2階

現在、最も公式に近い平面構成を示す資料として外務省外交史料館に所蔵されている 竣工後に作成されたとされる1階・2階の平面略図と明治期の「東京府武蔵国京橋区木挽町近傍」からのトレース図面 縮尺:1/250

鹿鳴館図面データ

4.鹿鳴館平図面:1階、2階の坪数

資料に記載されている建坪、二階建、平屋建、舞踏室面積を3で作成した図面上で算出。

鹿鳴館図面データ

5.鹿鳴館平図面:1階、2階

縮尺:1/250

鹿鳴館平図面データ

6.鹿鳴館立図面

資料に記載されている建坪、二階建、平屋建、舞踏室面積を3で作成した図面上で算出。

鹿鳴館図面データ

7.舶来上向腕ガスランプ

ガスミュージアムに収蔵されている鹿鳴館で使用されていた舶来上向腕ガスランプ。
金属製台座部分幅「145×145mm」/ 台座からガス燈アーム先端「410mm」/ ガラスホヤからアーム下の高さ「410mm」。サイズが確定しており、当時の写真に同型と思われるガスランプが写っている。

鹿鳴館平図面データ

8.鹿鳴館立図面

資料に記載されている建坪、二階建、平屋建、舞踏室面積を3で作成した図面上で算出。

鹿鳴館図面データ

7.舶来上向腕ガスランプ
鹿鳴館で使用されていた舶来上向腕ガスランプです。現在はガスミュージアムに常設展示されており、各部寸法も計測されています。 ガラスホヤの形状は現在展示されている形状と当時の写真に写っている形状の2種類が確認できます。両方共取付け装飾金具は同一の型に見えます。 舶来上向腕ガスランプが写っている「当初の写真」とされる資料を基に、CGカメラマッピングを行い撮影時の視点を再現した上で、作成した舶来上向腕ガスランプの3Dデータを基本建物モデルに組み込みます。
これにより、写真に写るガスランプの位置・スケール・形状を三次元空間上で整合的に検証することができます。

■鹿鳴館の壁面について
鹿鳴館の壁面はイギリス積み(English Bond)で、 長手だけの段と小口(木口)だけの段を交互に積む方式。見た目は少し無骨ですが、強度が非常に高く、明治中期の日本の公共建築や鉄道施設で標準となりました。 鹿鳴館(1883年竣工)で使用されていた煉瓦は、現在のJIS規格(210mm × 100mm × 60mm)よりも一回り大きい当時の標準的な寸法は長手(長さ): 約227mm(7寸5分)、 小口(幅): 約110mm(3寸6分)、厚さ: 約60mm(2寸)「東京形(または明治並形)」と呼ばれるサイズが主流でした。壁厚は、およそ45〜60cm(1.5〜2枚積み)であったと推定される。建坪1450㎡の煉瓦造2階建てという大規模洋館で、2階には100坪の大舞踏室を載せる構造であったことを踏まえると、この規模の煉瓦建築としては、1階外壁45〜60cm、2階外壁30〜45cmが一般的である。また、明治期の官庁建築の標準仕様として、司法省・文部省などの官庁建築では、1階が2枚積み(約60cm)、2階が1.5枚積み(約45cm)が採用されていた。鹿鳴館も同じ官営プロジェクトであることから、この標準仕様に沿っていた可能性が高いと考えられる。


本ページでは、歴史地図と竣工後の平面略図を用いて、鹿鳴館の形状的整合性を検証している。 これらの資料を比較することで、歴史地図と現在の地図の間に大きな形状的な齟齬がない ことが確認できた。 この一致は、以降の詳細な復元作業や建築考証を進める上で、基礎データの信頼性を裏付ける重要な工程となっている。

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